ひとつの風景が他の人にも同じように見えるとは限りません。
長野県北アルプスの山間にある避暑地、上高地。夏になると全国より大勢の人達が集まってきます。中でも河童橋は上高地の中心に位置するシンボル的存在。バスターミナルから至近にあることから、訪れる人はまずここに立ち寄ります。
河童橋自体は何の変哲もない吊り橋ですが、見る人によって様々な印象を受けるでしょう。その印象の違いはそれぞれがたどってきた、(あるいはこれからたどっていく)道のりが大きく影響を与えていると言って良いでしょう。
上高地河童橋
ドライブ旅行の途中に立ち寄った観光客にとってみれば、この河童橋はやっとたどり着いた秘境の終点となります。上高地への道路はマイカー規制のため、バスに乗りかえなければなりません。長い行列の末にやっと乗車できた満員バスに揺られ、トンネルをくぐって入山した秘境の地が上高地です。ここまでで力尽きて、見るのは河童橋でもう十分というところ。
それでも景色は絶好、観光案内書の写真そのままです。せっかく来たのですから、河童橋を背景に記念撮影です。
この人達にとって河童橋はゴールであり、絶好の記念碑というわけです。
散策を楽しもうとする夫婦にとって河童橋は単なる出発地です。靴ひもを結び直し、準備体操で身体をほぐします。ここでも絶景に違いありませんが、ちょっと歩けば静かな自然が待ってます。
これから先が楽しみな夫婦にとって、都会の喧噪を引きずった河童橋はさっさと出発したいところでしょう。
彼らは数週間前、大量の食料とこれからの不安を背負ってこの河童橋を後にしたグループかもしれません。あるいは、はるか北にある立山や白馬から何日もかけて縦走してきたのかもしれません。いずれにしても大変な長旅でした。
彼らにとって河童橋は苦労して歩いてきたゴール地点です。「やったー!」。
そうは言っても単なる吊り橋に長居は無用です。さっさと松本市内に入り、風呂につかりたまった汚れを落とし、リラックスした気分で腹一杯の食事をしたいところでしょう。
上高地は「有名な観光地」であり、「登山基地」という顔も持っています。有名な観光地を目指してきた人達にとっては上高地は終点であり、登山基地として利用する人にとっては上高地は出発点というわけで、それぞれ違った思いで上高地を見ているわけです。そしてこの2つの流れが交差する河童橋では、ぞれぞれの人達が違った思いで単なる吊り橋を眺めています。ひとつの風景も見る人によって違った風に見える。そんな一例だと思います。
(初出00.06.03)(再編集03.09.08)(再編集10.06.14)編集前
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