番号の決め方ひとつで苦労が倍になったり、役に立たなかったりです。
2週間に1度、息子を連れて図書館に通うのが習慣になっています。貸出期限が2週間なので返したら借りることのくり返しです。息子にとっても良い習慣なのではないでしょうか。
本の読み方には色々あるようです。次々とたくさんの本を読む「乱読」よりは、1冊の本をじっくりと読んだ上で思索する「熟読」を勧める意見を聞きます。そうはいってもその1冊が見つからず、うろうろしているというのが実態です。早く熟読に耐えうる1冊の本が見つかるとうれしいのですが。
近所の図書館は小規模ですが、新しい発見をするのにはこの方が良いと思います。好きなジャンルの本がたくさんあれば、そればっかり選んでしまうことになり、新しい発見を求めてぶらぶらと書架をうろつくチャンスが少なくなります。
全く新しいジャンルの本を手にとってみるのもいいでしょう。書店と違いお金を使うということが無いだけに失敗を恐れる必要がありません。
身近な図書館は、特定の調べものをするには不足かもしれませんが、「新しい発見」という点では期待に応えてくれるものでしょう。
そんな小規模な図書館なのに、司書のみなさん(整理専門かもしれませんが)が右往左往と忙しそうに走り回っています。返却された本を書架に片づけているのです。返却された本は一度返却だなに集められ、ある程度まとまったら書架に戻していくのです。
私たちも戻す場所がわからなくなったら、そっとに返却だなに置いておきましょう。いい加減な場所に放置したら、後で探す人が迷惑します。
たいていの図書館では、日本十進法分類(N.D.C)を参考に番号が割り振られています。昔はこの番号が、本の管理をするという役割がありましたから、枝番号をどんどん付けていって同じ番号を割り振らないようにしていました。いまではコンピュータを利用して管理されており、バーコードについている番号が重複しないよう本に付けられています。
バーコードがあるので、日本十進法による分類番号は本の管理という役割は無くなり、本の整理のためだけに付けられることになります。つまり複数の本が同じ番号を付けても構わないことになります。この図書館の場合、番号の末尾はカタカナ2文字で表記した作者名で、「オオ」とか「キタ」とかがついています。当然同じ番号の本は何冊もあります。しかしまだまだ細かすぎるような気がします。
司書のみなさんは一生懸命、作者順に本を並べています。検索したときに探しやすい様にというのが理由でしょう。しかし、身近な図書館でわざわざ検索をして本をさがすと場面はあまりないでしょう。みんなぶらぶらと目的の分類の書架の前で順番に本を探すというのがスタイルです。苦労は報われていないような気がします。
営業中の書店ではそんなに細かい分類は不可能なのですが、探すのにそれほど苦労しません。適度に分類されて書架におさめられているので、書架ひとつを上から下までじっくり探せば、目的の分類に希望の本があるかないかはすぐにわかるというわけです。こんな書店での利便性を考えると、図書館における作者順の必要性は低いと感じるのです。
そこで図書館でも書店を見習って、ひとつの書架の本にそれぞれ同じ番号を付けたらどうでしょう。例えば経済の本が本棚ひとつにおさまるなら、全部に330番を付けてしまうのです。細かい分類は無視です。百冊の本に同じ番号が付けられているとしても探す時間はわずかです。順番に並べるための苦労を思うと、百冊を順に調べるくらいわけありません。
おおざっぱな分類といえば、ここの絵本のコーナーが参考になります。この図書館の場合「日本のはなし」がピンク、「のりもの」がみずいろという風に本棚の分類ごとに分かれています。本を戻すとき、ラベルの色をみれば良いわけです。
絵本のラベル
同じ分類の本がたくさんありすぎて、複数の書架にまたがるときは問題です。例えば小説、物語などは細かい分類が困難です。こんな時は蔵書の数に応じて番号の付け方を調整するという工夫が必要でしょう。大体ひとつの書架におさまるくらいの本が同じ番号になるようにするために、
コンピュータで管理しているのですから、どんな条件で書架ひとつ分になるのか簡単に検索できるでしょう。
ただし、作者名というのは今ひとつ便利ではありません。先に挙げた絵本の場合も一応作者の名前が付いており、その順に並んでいるのですが、本のタイトルから探すときには意味はありません。結局は本棚全部を調べることになるのです。別の大規模な図書館では出版社別に分類されていましたが、この方が同じシリーズの本がまとまって良いと思います。
公共団体の財政緊縮の折り、図書館での人件費の削減が図書館司書の待遇の悪化により支えられているということを聞きます。そこまでして本を順番に並べるための人を大量に雇う必要はないと思います。多少本を探すのが面倒になったとしても(ほとんど影響は無いと思いますが)、必要な人員を減らし、司書という専門職の待遇の向上に努めて欲しいと思います。検索をしやすくするのは良いことには違いありませんが、物事にはコスト感覚というものも必要です。
(初出02.07.26)
(再編集04.02.23)
実際にはばらばらに並ぶ地番も、土地の台帳上では整然と並んでいます。管理という目的においては、単純明快なすぐれた名付けルールだと思うのです。
土地に新しい番号を名付ける手順を考えてみます。
土地を分筆する場合が代表例でしょう。分筆の場合には枝番をつけるのがルールです。27番地を分筆すると新たに27番地2を追加することになります。分筆順に名付けるものですから、番号を考える苦労はありませんが、実際の土地では位置関係がばらばらになってしまうのが難点です。27番地4を分筆しても27番地4−2ということにならず、27番地9となります。
分筆順だから番号がばらばら
分筆の場合は、もとはひとりが持っていた土地の範囲内ですから、まだ探しやすいのですが、新しく土地を生み出す場合は、とんでもない番号がつくことがあります。その町の最終地番の次という具合です。
とんでもない番号が出現
私にとってなじみのある例で「新しい土地」の名づけとは、土地区画整理事業の「保留地の設定」となるでしょう。作業は新しいシートに地番、地目、地積を記入していくことになるのです。まさに新しい土地を生み出すという新鮮な感動です。
新しく作ったシートは、町ごとにまとめられている登記簿のバインダーのいちばん後ろに綴って登記作業完了です。一番後に追加するだけというごく自然な作業ですが、現地では200番台の土地が集まる地域に、突然500番台が出現するという違和感があるのです。
バインダの最後に綴じる
地番の混乱を解消しようと、ある程度まとまった土地で、町名地番の変更を行うことがあります。上記で挙げた土地区画整理事業も、この絶好の機会に変更作業をすることが多いようです。しかし必ず実施されるものではなく、大きな規模(少なくともひとつの町が形成されるくらい)が必要となる様です。もし実施されれば、土地は順序よく並び、訪問するときも郵便物を配達するときもわかりやすくなります。
町名地番の整理が行われない土地では、住居表示という全く新しい番号体系の導入で、不便さを解消する方法がとられます。番号体系が「2本立て」にするということです。
町名地番の変更は根本的に地番を整理するので、地番だけをを頼りに土地を探すことが容易になりますが、住居表示の実施では地番は混乱したままです。
こんな風に書くと、「町名地番の整理」が根本的な解決策で、「住居表示」が妥協案のように見えますが、必ずしもそうではないと考えます。ひとつの番号にたくさんの機能を持たせるのは混乱のもとなのです。
管理する番号と案内する番号は分けるべきというという考え方は、前回の「図書館での分類(3050.html)」でも取り上げました。図書館の場合、管理のためにはバーコードにつけられた無味乾燥な通し番号、案内のためには本棚単位の荒い分類での案内番号という2本立てが望ましいと思うのです。土地の管理と場所の案内を両立するような番号体系づくりに悩むより、きっぱり2つの番号体系を並存させるほうがすっきりします。
地番を整理した時点で大きなお屋敷や農地であったのに、何らかの事情で分筆をすることはめずらしくありません。分筆順に地番をつけていくうちに地番が混乱するということになるでしょう。
こんな時、住居表示であれば、その場所に応じた番号が振られますから混乱はしません。だからといって地番の付け方も住居表示通りにするというわけにはいきません。土地の分割というのは人が住む単位以上に細分化していくものですから、とても番号が足りなくなってしまうのです。
どんな土地の登記にも対応でき、間違いも減らすためにも、管理する番号の名付けは出来るだけ簡単としたいところです。通し番号的な番号の付け方は、理想とするところでしょう。
(初出04.12.06)(再編集09.07.13)編集前(log/3051.html)
まちづくりの基本は道路からなのです。みんなが利用するものなのに名無しなんてあんまりです。
前回の「[番号をきめるのもひと苦労] 発生順も立派なルール(3051.html)」で土地の番号を取り上げました。台帳上では番号順に整然と並んでいる地番も、地図の上ではばらばらになってしまうのです。住居表示によって、わかりやすい番号がついたところで、道路に名前がないので、依然として道のりがあやふやです。道路に名前がついていないのでは不便である上に愛着もわきません。
日本では道に名前をつけるという意識は低いのでしょう。無地番と呼ばれる細長い道路状の土地を、法務局に備え付けの地図に見ると思いは強くなります。この地図は農地に課税をするための古い台帳を継承してきたもので、明治時代以前からの記録です。もともと課税の対象外だった道路は、所有者も番号も記されることもなく、「無地番」と呼ばれ、今も空白のまま残っています(近年は市町村に移管されつつありますが)。何も書かないと何のことかわからないので、便宜上「道」とか「水(路)」とか記入されていますが、単なる隙間ということです。道路は土地と土地の隙間という見方が私たちの意識の中にしっかりと根付いているのかもしれません。
アメリカは開拓というイメージです。まず道路を造ってその両側に建物や農地を設けていったという歴史から、まず道路ありきという感じです。
そのアメリカの住所というのは、「州名」+「都市名」+「道路名」+「番号」です。都市にはすべての道路に名前が付いており、住所の一部を構成しているのです。ちょっとした都市では何百路線にも及びますから、地図を眺めているだけではなかなか見つかりませんから道路名の索引を調べることになります。日本の地図では索引に町名が並んでいますが、アメリカでは道路の名前が並んでいるのです。
主要な道路ともなると都市の端から端まで何マイルにも及びますから、道路名が見つかっても、ルールがわかるまではどの辺りを指すのかぴんとこないでしょう。「8988 W.Main.St」という住所は、Main通りのうち、都市の中心より西側のことで、番号が8000番台となるとまちのはずれとなります。そのくらい見当がつけば、探し当てた道路を行ったり来たり往復しているうちに目的地が見つかるというわけです。かつては馬車、現在では車中心の社会なので、道路が見つかるということが重要で、行ったり来たりするのは苦ではないのです。
よく言われることなのですが、日本の道路には名前が付いていないから道案内が大変だというのです。「日本人は道を説明するのが下手」なのではなく、「道路に名前が付いていないので説明できない」という考え方は、よく知られているように思えるのですが、すべての道に名前を付けるという動きには至っていないようです。
現状では、国道とか県道といった都市間を結ぶ道路は名前が付けられ、道路標識や地図に載っていますが、市道レベルとなると名無し状態です。相変わらず、「ガソリンスタンドの角を曲がって、4つ目の交差点を左折」という表現しかありません。
身近な道路に名前がないことは、不便である他に、何か寂しさを感じてしまうのです。
近所づきあいは「むこう3軒両隣」といわれます。自治会があるととその班編成がそれにあたるでしょう。道路を挟んだ両側の建物がひとつの班となります。住所の上では、背中合わせになった建物同士がひとつの街区を構成するのですが、実際の活動は道路を中心に行われると言うことです。実質的な都市の最小単位なのですが、これには名前がついていないのです。
むこう3軒両隣
名前というのは大切です。「○○市民である」とか「○○二丁目の住民である」と言えるのは、名前があるからこう表現できるわけです。しかし、実質的な都市の最小単位である「むこう3軒両隣」の名前がありません。自治会の班の名前を取り上げて「○○二丁目自治会4班の一員です」と地図に載っていない名前を言ってみても、他の地域の人には通じませんし、自分でも4班ということを忘れてしまうかも知れません。「むこう3軒両隣」単位で誰からも認められる名前があるといいのです。胸をはって自分の帰属するご近所を発表できますし、まとまりとして強く意識できると思うのです。それが道路の名前なのです。
先に述べたとおり、すべての道路に名前を付けるということには抵抗があるようで、名前のある道路には何らかの理由がありそうです。
まず、大きな道路には名前が付いています。土地勘の無い人が数多く利用することに対する配慮でしょう。大抵は歩道がついているほどの大通りであったり、歩行者優先のシンボル的な道路に限ります。目的地となる細かい地先道路は対象外と言うことです。
商店街に名前が付いているのは、名前を通じて商店同士の団結を確認して、対外的にもそのまとまりをアピールするという役に立っているのでしょう。
住宅地の地先道路もたまに名前が付いています。こちらの写真の例はある住宅地なのですが、整然と同じ様な道路が並んでいるため、迷う人が続出したのだと想像がつきます。手書き風の標識を見ると、おそらく住民の皆さんの必要から生じた名前なのだと思うのです。
手作り風道路名標識
これ以外の道路は残念ながら、土地と土地の隙間という扱いです。道路名という系統的なナビゲーションもなく、「この街区かな?」「このとなりかな?」と街区の番号を順番に辿って行くしか方法は無いのです。
普通の地先道路には名前が付かないというのが、道路に対する意識です。でも道路に名前がある方が何かと便利なのも事実です。さらに「○○通りのご近所さん」というまとまりで、地域の一員であるという意識はぐんと高まることでしょう。
そこで自然発生を待つのではなく、自治体で道路に名前を表示することをはじめたらどうかと思うのです。とりあえず市道△△号線という管理番号をつけるのです。△△は無味乾燥な数字ですが、最初のとっかかりは、これで良いとしましょう。独立した標識を建てるのはお金がかかるので、プレートを塀にかかげてもらうとか、道路上にマーキングすることから始めるのです
管理番号のマーキング
お客さんが遊びに来るとき、「たばこ屋の角で曲がって・・・」とか「××マンションの裏」とか「公園の角」等の一生懸命目印を探すより、「市道△△号線」という名前が書いてあると、伝える方が楽ですし、お客さんも安心です。
「そんな無味乾燥な管理番号ではイヤだ」「自分たちで名前を付けたい」という声が出れば、それは立派なまちづくりのスタートでしょう。
ここまでが初出時のコンテンツでした。私は気づいていなかったのですが、そのころ施策が推進されていました。
そのひとつはずばり「通り名で道案内」。「通り名で道案内の位置番号」で郵便が出せるようになれば、「住居表示の住所」は陰が薄い存在になるでしょう。今後どんな役割分担となるのか楽しみです。
ところで「通り名」は「とおりな」と読めばいいのか。HPのアドレスが「torimei」なのが気にかかるところです。
もうひとつが、交差点に番号をつけるという動き。私が気づいたのは最近のことですが、以前から動きはあったようです。
私が見つけたのは成田市です。国道を走っていると見慣れない標識が。最初は気づかなかったのですが、3番あたりで気づき、
3番
番号が続いている様なのです。
4番
ぐるりと17番まで番号があるようです。
番号を付加した地図があるようで、観光客の誘導に利用されているようです。あらかじめ地図で、どの交差点を右左折するのかわかっていれば、心強い標識となります。
通りの名前をつけていくよりも、現実的な対応かもしれません。
交差点に番号をつけることで気がかりなのは、対応する交差点を増やした場合、番号が複雑にならないかというところです。
どんどん複雑になって、何桁にもなったら、もともとの地名の方が簡単だという逆転現象が起こりかねません。
上記に紹介したサイトでの研究成果では、アルファベット二十数文字だけでも、識別出来るように考えているようです。お互いに離れた場所であれば、同じ記号があっても良いというのが基本的な考え方。ある程度地図やカーナビで右左折する場所に近づいているわけですから、あと知りたいことは、この交差点なのか、次の交差点なのかという極めて狭い地域での情報なのです。交差点が順に「A」「F」「R」と並んでいれば、右左折する交差点が2番目の「F」であることさえわかれば良いわけです。
実際に運転していて困るのは、こういう場面ですから、実に的を射た対策だと思います。高知では実際に展開されている様です。
現在でも通り名、交差点名がある場所はたくさんありますが、それでも間違えるのには何か他に理由があるのではと考えるわけです。標識に問題があるということは、国土交通省でも認識があるようです。とりあえず少しだけ、標識を改良するようです。
この標識については、2006年8月ポピィさんよりゲストブック(http://asp.atomicweb.co.jp/id/nagare/bbs/)に書き込みをいただいていました。
- http://www.kictec.co.jp/sing/annai/B/108-3.htm(http://www.kictec.co.jp/sing/annai/B/108-3.htm)
- 一番上のタイプ。よくありますが、全然ダメです。
- 何故かというと、距離300mをどーやって運転手が判断すればいいのか分からないからです。
- 例えば、交差点が220m、260m、300m、340mと連続してあった場合、どのようにして距離300mを判断すればいいのでしょうか?
- メーターを見ても300m移動を確認後ではすでに通り過ぎていますし、車線変更禁止の場合300mよりも前の地点で判断しなければいけませんが、これも難しい。
- (解決方法は、距離で示すのではなく"3つ目の信号"とか"3つ目の交差点"といった表示がいいと思います。)
- あと、明治通りと通りの名前が書いてありますが、これもダメです。
- 地図には通りの名前ではなく、国道1号線とか県道2号線と書いてあるので、何号線の表示が必要です。
私自身は、明確に問題点や対応策を見いだせず、きちんとした返答は出来ていなかったのですが、交差点記号化研究グループ(http://www.kousaten.net/)にて考察されていますので、ご紹介しておきます。
(初出05.01.17)(再編集08.08.11)編集前(log/3052.html)
規制緩和といっても、裁量のさじ加減ひとつということなのでしょう。
ご当地ナンバーがいよいよ登場。規制緩和の声に国土交通省が耳をかたむけたとのこと。ただし成田市が要望していたローマ字の「NARITA」は認められなかったということです。
国土交通省発表の要綱によれば、地域名は
「原則として「漢字」で「2文字」とする。やむを得ない理由があるとして例外を認める場合であっても最大で「4文字」までとし、ローマ字は認めないものとする。」
と、あります。「NARITA」の場合、「漢字」「4文字」という2点で基準外ですから、難しい要望だったのでしょう。
ところでご当地ナンバーの対象である「地域名」を「規制緩和」の対象と呼ぶのは違和感があるのです。地域名というのは「規制」というほど意識的なものではないでしょう。監督官庁が管理のために便宜上つけた記号で、大切なことは管理のしやすさであり、地域の宣伝に役立つかどうかは関係ありません。
ここで地域名の歴史を辿ってみました。「ナンバープレート情報局」の「ナンバープレートの歴史」(下記リンク参照)にて詳細が掲載されています。
監督官庁も困ってしまいます。単に自分の出先機関ごとに名前をつけただけなのに、「規制緩和」しろという要求です。単なる内部で使用する記号なんですから「好きに決めさせてください」というのが本音でしょう。
しかし本音を言わず、「それでは規制を緩和しましょう」と返答するのが、実にクールです。事務手続きがちょっと面倒になりますが、「規制緩和」で好感度はアップです。
「規制緩和の声が山を動かした」ことばかりに注目しない方が良いでしょう。当たり障りのない規制緩和を実現しておいて、車検制度の規制緩和はまた今度なんてことかも知れません。
従来は管理しやすいように好きに地域名をつければ良かったのですが、これからは業務に支障のないように、地域名の付け方のルールを明文化する必要があります。申請者もそれに従う必要があるでしょう。
そんな状況で登場したのが上記に紹介した要綱なのですが、地域名のルールが腑に落ちません。文字数に対して無頓着だと思うのです。文字数というのは管理するデータベースを作成する必須の条件でしょう。きちんと決めないとナンバープレートを入力する様式に何文字分を確保すればいいのかわかりません。昔は手書きでしたから小さな文字で書けば済むことでしたが、現在では電算処理に使われますから文字数は重要なのです。
ここでもう一度、地域名の文字数の制限を確認してみましょう。
「ナンバープレートに表示された際に十分視認性が確保されるよう、原則として「漢字」で「2文字」とする。やむを得ない理由があるとして例外を認める場合であっても最大で「4文字」までとし、ローマ字は認めないものとする。」
さっと読むと確かに「4文字」が上限だと読めますが、理由が視認性の確保なのです。そこで「ローマ字なら見えやすいから6文字くらい良いじゃないか」とNARITAのような期待も出てくるわけです。
もうひとつ気になるのが、「理由」の必要性です。見えるか見えないかということが問題なのに、4文字する場合には理由が必要だというのです。納得いく理由であれば、見えづらくてもいいことになってしまいます。理由なんて必要ないでしょう。
「電算処理の関係上4文字まで」とはっきり言ってもらえると、あきらめもつくのです。規制緩和と言いながらも、「勝手にはさせない」という本音がぽろりと見え隠れする要綱でした。
(05.02.14)
番号に限りあるナンバープレートに有効期限を設けると、番号の枯渇問題も解消されると思うのです。
ナンバープレートの上部にある小さな番号。実はこの部分は下の4桁の上位けたということで、上下で合わせて一連の数字であるとのこと。上の部分に書くのは3ナンバーや5ナンバーといった分類を表しているということで、特別扱いなのでしょう。ところで下4桁で表される番号はたった1万通り。これだと大都市のナンバープレートはあっという間にパンクしますから、左側にひらがなを付けてみたり、上の小さな数字の桁数を増やしたり涙ぐましい努力が何十年も前から繰り返されてきました。最近では小さな数字は3桁になって、更に覚えにくくなってきています。番号がどんどん枯渇しているのでしょう。
海外の事例をちょっと拝見してみます。滞在したことのあるオハイオ州をご覧いただきますと、州の名前+6桁か7桁とシンプルです。アルファベットも使えるのでかなり多くのプレートを発行できます。
しかし不思議なのが、番号が枯渇する理由。地方では一家に2台とか自動車が普及していると言われて久しく、日本では今や買い換え需要しか存在しないと思っています。自動車が大幅に増えているとは思えないのに、番号が足りないと言うのです。ナンバープレートの番号というのは、電話番号のように再利用されていないということなのでしょう。
番号の再利用にはいろいろな問題がつきまとうに違いありません。企業の電話番号は、広告に掲載されたりすれば、かなり長い期間「間違い電話」のもとになっています。ナンバープレートについても盗難の問題などあるのでしょう。
そこで定期的にナンバープレートを更新するようすることを提案するわけです。先に紹介したオハイオ州のナンバープレートは、5年ごとに全く違うデザインのものに更新しています。更新時、番号は全然違うものに変わるので、番号の枯渇問題とは無縁です。そのたび覚え直すのは大変ですが、好みの番号を獲得する機会が増えるのは良いことです。
交換するのを車検の時とすれば、利用者のわずらわしさも少ないでしょう。ナンバープレート業界にとっても事業拡大の機会です。
(05.03.28)
私たちが見えないIDで管理されているのは確実でしょう。
かつて、試験の補助係に従事したことがあり、答案を受験番号順に並べるのに苦労した記憶があります。席順通りに回収するように段取りすれば、番号順に並んでいるはずなのでしょうが、そうもいかず、いつもあいた時間を利用して作業していたものです。
作業は手の届く範囲が役に立つ範囲で、せいぜい10枚が並ぶくらい。それ以上だと歩かねばならず、非効率になるわけです。コンピュータでメモリー容量の様なものです。
最大に並べられる枚数がきまったら、順番に並べるのに王道はなく、百枚の答案なら、十の位毎に十区分し、それぞれ順番にしていくということになります。コンピュータのソートアルゴリズムもいくつかありますが、同じ様なものだということと聞いています。ただし、大か小の判断だけをひたすら繰り返すとのことですが。
パソコンが個人でも扱える様になって、並び替えも瞬時に出来るようになりました。この感動は大切なものです。
エクセルを使えば、クリックひとつでソートできるわけです。ただし、やっていく内にいろいろ下準備が必要だと言うことに気づく事でしょう。
良くあるのが、ソートしたけど、最初の順番に戻したいという希望。そんな時に備えて、一番左(A列)に連番などを入れておけばいいでしょう。調査票など入力の元となる資料にもこの番号を入れておけば、該当する調査票を探すのも簡単です。
もちろん、このIDに「深い意味」はありません。
エクセルA列のID。個人ベースだけでなく、業務用のデータベースにも不可欠なものです。一意(重複がない)数字が各レコードのひと項目に登録されています。同姓同名でも誕生日が同じでも、IDは違うわけです。これがないデータベースはおそらく欠陥ということになるでしょう。
ただし、このID。自分に背番号をつけられている様で気持ちが悪いものです。大抵はシステムの端末でこっそり付与されているものなのですが、知らされてしまうと抵抗があるわけです。
この辺の気持ちについては、コード(新・闘わないプログラマ)(http://www.amy.hi-ho.ne.jp/~lepton/program/p4/prog498.html)のところに書かれています。
うそかほんとかわかりませんが、IDを振る際に、「会長が1番で、社長が2番で……ってな感じでヒラまで順番に番号を振れ」という、会社の役員さんの指示があったとのこと。「たとえば会長が辞めて、いまの社長が会長になったら、こんどはその人を1番にして、それ以降すべてのコードを振りなおし」と、大変なことです。
エクセルでのソートの苦労がわかっていれば、役員さんもこんなことは言わないかも知れませんが、なんとも歯がゆいところです。
たしかに、国民総背番号制は不安があります。でも年金の混乱をみていると背番号制が必要になるのかなと思ったりもします。しかし、その前にやることがあったわけです。
総背番号制の前にやらないといけないこと。それは自己責任の徹底。データベースの内容が正しいかどうか、本人がチェックすることです。なんで今まで年金にはそんなことがなかったのか?というか、調査を依頼すれば、データがちゃんとしていることは教えてくれるのでしょうが、せめて払い込んだ領収書代わりに、いままでの集計が一覧でもらえなかったのか。
この辺は「仕事は完璧のはず」という根拠のない建前が、国民の側にもあるというのも感じるのです。上記の学校でテキストの販売をしていたときのこと。教室の1室を開放して、ちゃんと買えているか確認するコーナーを設けていたのですが、その対応に不満を持った父兄が「ちゃんと責任をもって渡してくれなければ困る!」と苦情を言っているのです。しっかりしてくれと言う主張なのですが、確認したくなければしなければ良いのです。わざわざ親切に確認する場所を提供しても、逆効果です。
もし、間違いが見つかれば、批判を浴びるのは当然ですから、よけいなことをしないのが得策というわけです。
政府が作成した「○○判定ソフト」。条件を入力したら、コースが判定するものですが、実行当初は、その判定基準も明らかにされないブラックボックスだったというのです。基準逃れの対策を講じられない様にというもの。
きっと秘密裏というのが基本なのでしょう。
批判を受けながらも、やり遂げなければなりません。IDを振ることをダメだといわれれば、こっそりやるしかないし、最終確認を客に確認させるなといわれても既成事実としてそういう機会を設けましたとするしかありません。
他の方法があればいいですが、なければずうずうしくやっていくしかありません。
あるいは問題先送りでお客様の要望通りとするか。
そうすると後でしわ寄せが。
(08.01.28)
最初から厳密なルールを決めないのが良いのです。
ファイルはとりあえずデスクトップに保存するというのが、ウィンドウズの使い方として一般的でしょう。
デスクトップのアイコンをマウスで操作するのは、初心者向きのような気がしてちょっと抵抗があったのですが、保存場所を忘れることに比べれば、良い方法だと痛感しています。
デスクトップにはこうして作られた「とりあえずファイル」があふれることになりますから、作業が一段落したら、整理しなければなりません。すぐに捨てるのは勇気がいりますが、マイドキュメントに移動すれば、安心です。
USBメモリーにデータを持ち歩いている場合は、メモリー自体がマイドキュメントの役割となるでしょう。
デスクトップから無秩序に命名されたファイルが投げ入れられ、マイドキュメントは混乱状態です。ホルダーを作成してそこに入れていきましょう
ホルダー名は直感的につけるのが良いでしょう。顧客別でもプロジェクト別でもいずれかに固執せず、今の作業状況を言い表しているホルダー名で良いわけです。
図でいえば、(1)番の作業にあたります。
マイドキュメントの構成
マイドキュメントでは、「その他」ホルダーを作ってはいけません。「その他」に入れてしまうと、すっきりしてしまい、2度と整理しません。うまくホルダー名が見つからないときは、まだ収納する段階ではないと判断し、マイドキュメントの直下にばらばらの状態でファイルを置くことになります。ばらばらの状態ですからマイドキュメントを見るたびに何とか整理しなければならないとプレッシャーになり、整理の原動力になります。
今やっている作業はさっと見える部分、つまり上の方の階層に置き、終わりつつあり使用頻度の下がったホルダーは「過去」ホルダーをつくり、下の階層を目指しましょう。上の図でいえば、(2)番の作業にあたります。移す時期の目安は、ファイル一覧がいっぱいで見づらくなった時です。もちろん、今の状況に応じて最適なホルダー名に変更してかまいません。
上の階層は混沌としており、逐次、下の階層にファイルを移動するという流れで整理することとなります。
ホルダー名は、実体に対応させると良いでしょう。たとえば報告書を1冊に対して1ホルダーという感じです。追加の報告書や別冊資料を作るときも、きっぱり別のホルダーを用意するとすっきりするかもしれませんし、他人が見たときわかりやすいでしょう。
サブホルダーに分けるのは慎重にしたいところです。1章目的、2章実証1、3章実証2・・とホルダーをわけて入れてみても、どこに希望するファイルがあるのか探しにくいものです。2章の実証1にいれたのか3章の実証2に入れたのか、ホルダーを入っては出ての繰り返しで疲れてしまいます。
ファイル名を工夫して1章1−1最初.txt、1章1−2その次.txtという風に名前順に並ぶようにしておけば、ファイル数が多くなっても探せます。保存場所を確定するにしたがって、使い勝手より探しやすさを優先したほうが良いでしょう。
サブホルダーを減らす
報告書を1つの単位としてホルダーにすると良いのですが、そこにすべてのファイルを並べるのも無理があります。バックデータについてはホルダーを作成して別にしておくと良いでしょう。
どのファイルに対するバックデータなのかがわかるように、重層的に並べると良いでしょう。「オリジナル」の下に、さらに「オリジナル」があっても良いわけです。
下の図でいえば、「オリジナル」ホルダーの下に「1章2節の表計算」ファイルがあって、「1章2節」ファイルに反映します。
さらに下には「受領」ホルダーがあって、加工前の表計算データを保管しています。こうやって縦に並べていくと成果品が作られる過程がよくわかるわけです。
ファイルの性格でホルダー分けすると、ホルダーの種類は少なくてすみますから、アルファベット3文字の暗号のようなホルダー名でも、個人で使う分には十分です。オリジナルをORG、参考をREF、記録をRPTなどとして、日本語変換無しでホルダーをてきぱき作っていきます。
重層的に
ファイル名やホルダー名を変えながら、整理していくということです。先頭に文字や数字を入れて名前順に順番に並べることで頭の整理にもなります。「その他」ファイルに代表されるように、ホルダーに入れてしまって後は手付かずというのでは、さっと見つけることが出来ません。
複数のパソコンを使い分けているときは、ファイル名やホルダー名を気軽に変えられませんでした。同期を取るためにフロッピーやリムーバブルディスクでやり取りしていたのですが、ミラーリングが難しかったのです。メインパソコンで削除したのに、サブパソコンで残っているということになってしまうことから、ファイル名は固定すべきという思いがずっとありました。
しかしポータブルハードディスク導入のおかげで、常にマスターファイルを操作できるので、名前の変更やファイルの移動がきわめて容易になりました。ネット上にマスターファイルを置く、クラウドコンピューティングでも、そのようなメリットが享受できるでしょう。
ようやくここに、自分なりのファイル整理ルールを確立できたわけです。
(10.02.22)
サブホルダー作成は下位のホルダーやファイルを隠してしまうのです。
前回は作業中のホルダー作成について語りましたが、今回は第三者にとってわかりやすいホルダー構成について語ります。
内容が前回と重複するところがありますが、基本的に「作業用」も「公開用」を分けて考えないのが理想的なのです。
ホルダー名は中に入っているファイルの内容を的確に表現できれば良いのですが、定型的でなければ、第三者には未知の世界です。最近はやりのマインドマップでもわかるように、ひとつのテーマでも各人まったく違ったことを連想するものです。サブホルダーの命名も「思いつくまま」なら、第三者に理解を求めるのは困難でしょう。
サブホルダーをうまく見つけられなければ、ファイル探しは困難を極めます。たとえば8個のホルダーに8個のサブホルダーが入っているとすれば、サブホルダーは64個となります。さらにそのサブホルダーに8個のサブホルダーが入っていれば512個のサブホルダーを探すことになるのです。
「報告書」から入って「A」、「い」、「う」、「え」、そして「A」に戻って、「E」に移って「あ」、「い」、「う」と、行ったり来たり大変なのです。
サブホルダーを行ったり来たり
整然と整理することでわかりやすくしようと思ったことが、第三者にとって迷路になってしまうこともあるわけです。
ウィンドウズでホルダーを表示してみましょう。すべてのサブホルダーを一列に並べて比較することは出来ますが、こういう表示にするのは、ちょっと面倒です。サブホルダーをつくるのは慎重にしたいものです。
ホルダーの表示
ファイル名をの先頭に共通の文字をつければ、ホルダーに分けが不要になることは、前回にも語ってきたことです。
サブホルダーを減らす
サブホルダーの乱造を抑えたいのには、「伝えたいホルダーはワンクリックで伝えたい」という熱い思いがあるからです。CD−ROMで提供するにしても、ネットワークアドレスを指定する場合にも、「開けば最初に表示されますよ」と、一言で済ませたいわけです。
「伝えたいホルダーは最上位」ということは「その次でもよいホルダー」は最上位からは隠すということでもあるのです。
たとえば、成果物のまとまりを参考にに4個のホルダーを作ったとします。
重要度がわからないフラットな配置
これだとホルダー名を解読して、その重要度を判断しなければなりません。ホルダー数が多くなれば、第三者にとっては解読だけでも大変です。
そこで、4個のホルダーのうち代表となる「報告書」ホルダーだけを残し、その他のホルダーは報告書ホルダーの下位に移すのです。最上位には、伝えたい「報告書」ホルダーのみが表示されますので、他の案件の重要なホルダーを最上位に並べるスペースが捻出できます。
上下の位置関係では重要度がわかる配置
注意したいのは、単にまとめるだけでは駄目ということです。4個のホルダーを「案件A」というまとめホルダーに入れたところで、4個のホルダーの重要度は明らかになりません。
ピラミッド状のサブホルダー群に慣れ親しんだ人にとっては、垂直方向にどんどんサブホルダーを作っていく行為は、違和感があるでしょうが、「上下の位置関係は重要度を表現する」ことを考えれば、理にはかなっているでしょう。図の背景に表現したように、逆三角形となるイメージです。
使用頻度も重要度の指標となります。たとえば、月報などは、古いものも必要ですが、最近の方が使用頻度が高いでしょう。
現在も過去も一緒
例では大した数ではありませんが、百とか千とかになれば明らかに探しにくくなります。使用頻度の低いものは下位ホルダーに移す事で、最近のホルダーが探しやすくなります。まず必要なのが今年でしょうから、最上位にあります。今年の「各月」のホルダーに並んで「去年」ホルダーを置いておけば、次に重要な去年のホルダーに探しにいけます。そして、「去年」ホルダーの「各月」に並んで「過去」ホルダーを置いておけば、使用頻度の低い過去何年分ものホルダーが表示されるのです。
使用頻度の高いものが上位に来る
ここでは簡略してますが、下位のホルダーにはホルダー、ファイルが多く存在します。その数は、上位のホルダー、ファイルをはるかに上回ります。しかし概念的には、重要度、使用頻度は下位に行くほど低くなってきます。要するに超整理法での押し出しファイリングの理論と同じです。下位のホルダーを探すときは、多少探しにくくとも許されるものなのです。
使用頻度の高いものが上位に来る
(10.03.22)