このまちは市名に東西南北をつけただけの無難な駅名が広く浸透しています。
合併するときの新名称を決めるというのは、旧市民それぞれの思惑が有り、大変なことだと思います。昔からそうでした。解決策のよくあるパターンとしては一字づつ名前をもらって、2字熟語とする作戦がよくあったようです。伝統あるまちの名前だと思っていたら意外に明治時代に合併したときにできた名前であったというようなことがよくあります。
鉄道の駅も同様に紛争の火種でした。鉄道事業者は紛争を恐れて2字の地名+2字の地名の4文字熟語を作成して駅の名前にしていることが多いようです。たとえば最近の例では「赤羽岩淵」とか「溜池山王」とかです。
さいたま市にある駅名といえば下記のように無難な名付けのオンパレードなのです。
3市の駅名
旧浦和市は浦和がつく駅名が8駅と他の2市を引き離しています。もちろんこの多さは全国有数で「鉄道雑学○○」といった愛好家向けの書籍には常に取り上げられているくらいです。どんな理由があるのかわかりませんが、無難な駅名をつけるということが普通に行われている地域であることに間違いありません。その理由が「ふさわしい名前が無かった」という単純な理由かもしれませんが、駅名紛争が起こる可能性が高かったのかもしれません。暗黙のうちに無難な名前がついてしまったというわけです。
無難な駅名が悪いとは思いません。遠方から来る人にとっては、市名+方角というわかりやすい駅名は大変わかりやすく歓迎されるべきものです。
(07.02.12追加)
ゲストブックにお寄せいただいた情報によれば都市名のついた駅名が多いのは現在では千葉のようです。私も数えてみましたが、京成千葉、新千葉、千葉、千葉公園、千葉中央、千葉寺、千葉ニュータウン中央、千葉みなと、西千葉、東千葉、本千葉の10駅ありました。(その他、印西市に千葉ニュータウン中央駅)
合理的な判断があったのか、単にわが町の名前を残そうと思ったのか不明ですが、大宮市は大宮駅の南に新設される駅名を「南大宮」駅とすべき主張しました。新幹線も停車するターミナル「大宮」の南の駅であるという極めてわかりやすい名称で、合理的な命名だといえます。もちろん、隣りまちの浦和市は猛反対し、JRも危険を察知してか無難な「さいたま新都心」駅となりました。
ちなみに「さいたま新都心」という、名称は、市名の「さいたま」とは全く関係なく、鉄道操車場跡地再開発事業の名称としてつけられた名前です。駅名には百万都市「さいたま」の中心という意味はなく、単に駅周辺の地域が「さいたま新都心地区」と呼ばれているだけに過ぎません。
結果として市名が「さいたま」にきまり、「さいたま新都心」という名称が実に自然に聞こえるようになりました。これが偶然の一致だったのか。なんか、納得いかないところです。
(初出00.01.14)(再編集03.01.12)(再編集07.01.15)(再編集07.02.12)編集前(log/3020.html)
「さいたま」市誕生の陰に、見捨てられた市名公募第1位の「埼玉市」。委員会はなぜ退けたのだろう。
浦和市、大宮市、与野市3市合併の「新名称募集」が始まりました(2000.2.18まで)。これは市民以外でもインターネット、はがき等で募集できます。気軽に出来る市民参加ということで私も応募しました。私が推したのは「埼玉市」です。
駅名とは違い市名は2+2のような安易な名前は見られませんが、無難なものが多いことにかわりありません。「北九州」という地名はとても壮大な印象です。福岡県どころが、長崎県、佐賀県、大分県をとりまとめる北九州という州の州庁がある都市をめざすというイメージがあり、そのまちのがんばりを応援したくなります。しかし、最近よくあるひらがな市名(あきる野市とかひたちなか市)は、どうも頼りなく思うのです。
3市の市民をはじめとする関係者が持つ自分たちのまちに対する思いは強いものがあるでしょう。名称を決める委員会では様々な団体の代表者が一堂に会し、それぞれの思い入れを主張することになると思います。たとえば、この周辺のシンボルは見沼なので「みぬま市」だとか、市の花がいずれもさくら(浦和市はさくら草)だから「さくら市」とか。
しかし、名前はそれ自体に意味があることのほかに、他のものと差別化を図る単なる「記号」という面も持っていることを忘れて欲しくないのです。極端なたとえですが、とある国の県庁の所在地の名前を「A」市、「B」市、「C」市・・・とアルファベットの順でつけるというルールがあるとしましょう。「L」市は突然に「私たちはカタカナに愛着がある」といって「ウ」市と全然違う体系で名前を付けてしまっては、他の県民は混乱してしまいます。ルールには従わないといけないわけです。
そう考えると3市合併後の市名は3市の市民だけでなく、全国レベルの見方で考えたいところです。あの壮大な名前の100万都市北九州市でも県庁の所在地ではありませんでしたが、遠く関東にいる人間にとってもそのわかりやすさは伝わります。ここだと「北関東市」とか「北東京市」となるのでしょう。本当に位置情報だけで、素っ気がない印象です。
だから「埼玉」という愛着のある名前に落ちつくのです。「埼玉」という名称は「幸魂(さきみたま)」から来ており、その「魂」は古代人が装飾品として大切にしていた「まが玉」から由来しているというのです。県民にとっては意味のある名前なのです。ただ、由来とする地域は、この3市にはなく、もっと西北の行田辺りにあるそうで、市を表す名前としては不適格であるようです。
だからといって、その折衷案として、ひらがなの「さいたま市」にしてしまうと、「意味」が無いような気がするのです。
「県庁の所在地=県の名称」。将来、息子が小学校の地理の時間で、「群馬県−前橋市」 「栃木県−宇都宮市」・・・と苦労している中で「埼玉県」は覚えやすいと言ってもらいたいというのも理由のひとつです。「埼玉(の県庁の所在地の)市」略して「埼玉市」でいいと思うのです。
日本経済新聞の記事で集計の中間発表がありました。(0.3.10) 88.7%の集計分について、「埼玉市」が「さいたま市」を2倍以上の得票数を得てダントツの1位だということです。私の感想としては「さいたま市」が健闘すると見ていたので、みなさんの冷静な判断にほっとしています。5位と6位にそれぞれ「大宮市」と「浦和市」が入っているのは地元の愛着でしょう。いずれにしろまだ小委員会というハードルがあります。
4月20日国立競技場前までの延伸を機に都営地下鉄12号線に「大江戸線」の愛称名がつきます。昨年11月の選考委員会では「東京環状線(ゆめもぐら)」が最優秀候補であったところ、「環状運転でないのに利用者に誤解を与える」との都知事の意見で変わったそうです(日経0.4.2)。「東京環状線」の方が的確な表現だと思うのですが、何のための公募だったのでしょう。
一方、埼玉県の3市合併の名称も公募でトップであった「埼玉市」を押しのけて、「さいたま市」(浦和市、与野市の案)と「大宮市」(大宮市の案)の2本建てとなっています。公募を無視した「さいたま市」は不思議です。
4月17日、とうとう「さいたま市」に決まりました。公募の集計は「埼玉市」が7117票、「さいたま市」が3821票でした。与野市長は「これしかない」と話していますが、なぜなのか理解に苦しみます。
さいたま新都心駅は、周辺で行われた市街地開発事業の地区名から由来することで一応納得です。しかしさいたま農協の名称変更は市名決定以前のこと。はじめから公募する以前から「さいたま」に決まっていたのではないかとうがった見方をしてしまいます。
(初出00.01.14)(再編集03.01.12)(再編集07.04.09)編集前(log/3021.html)
有識者から構成される委員会で市名が決定されることが多いようですですが、世間からの批判の嵐に委員さん達は耐えなければなりません。他人事ながら心配です。
さいたま市の市名募集では、得票数1位が「埼玉市」。ところが、委員会での決定は、ひらがな「さいたま市」。納得いかないところですが、「さいたま市」だって2位という得票数があったわけですから、無視するわけにもいきません。
ところが、岐阜県海津郡では、公募2500件のうち、たった2件しか得票の無かったのに協議会は「ひらなみ」に決めてしまったのです。これはひどいということで、反対署名がわんさか集まったとのこと。
ここまでが最初に、このコンテンツを書いていたころの話。それから、紆余曲折ありましたが
住民意識調査の結果を受け、平成16年5月31日の合併協議会で、新市名称は海津市町・字の取扱いについては 現行の町・字名の前に現行の3町名を付ける(海津町、平田町又は南濃町を付ける)と決定されました。
とのことです。
投票無視もひどいけれど、そもそも委員会で決めてしまうという発想も乱暴な話です。無難すぎる名前として批判が上がった「四国中央」という市名案は、最初に投票で公募したきり、後は委員会が決めてしまうという次第。
こちらは、その後正式に四国中央市になった様です。投票第5位の「四国中央」は二次候補にも残っただけあって、絶対反対とまではいかなかったのでしょう。
最後に委員会が決めるというのは、住民に任せておくとだめだと言わんばかりです。確かに投票のやり方によってはいたずらに市(町、村)民同士の対立を招いたり、組織票が上位を占めたりして混乱する局面もあるでしょう。でもいままで見聞きした投票結果は、みんなが納得という名前が並んでいたりしたものです。埼玉県の県庁の所在地だから「埼玉」市、海津郡だから「海津」市、宇摩郡だから「宇摩」市など。住民をもっと信用してほしいものです。
西東京市は、最終的に住民投票により決まったとなっていますが、怪しい所ありです。実は、「ひばりが丘」の得票と「ひばりヶ丘」の得票をあわせると「西東京」を上回る得票があるわけです。「が」と「ヶ」の違いで、得票を分散させるとは、統一候補を擁立できなかった野党連合無念さです。「が」と「ヶ」の違いでダメだというのは、委員さんも意地悪です。
これは意地悪というより、委員会の意志があったのだと察しがつきます。委員会の記録を見ていると「ひばりがおか」については、次のような委員さんのコメントがありました。
「ひばりが丘市」は、新市の北端にあたる限られた地域の名前やひばりが丘団地がその由来となっており、ランドマークとしてもふさわしいとは言えない。また、ひばりが丘周辺の住民以外からの反対意見も多いことから、「ひばりが丘市」とすることには、強く反対する。
ということです。
委員さんには大局的な見地から、誘導して行きたい方向性というものがあるのでしょう。でもどうもしっくりこないのですよ。
再び、さいたま市。今度は、区名を決めることになりました。ここでも協議会の経緯も公開されており、委員さん達の意識も伺い知ることが出来ます。
ある委員さんの発言
・区名投票という市民意向調査を行い、投票の順位に拘らずに本委員会で区名を最終的に決定していくことは良いと思うが、各区で重複する区名や旧市名に方位がついた没個性的なものが多い中で、もっと多くの市民の方々が区名に対する強い意識が持てるよう、本委員会としてのメッセージを投票リーフレットに掲載してはいかがか。
・メッセージを掲載する場合、「さいたま市としての統一性」という旨を考慮して掲載していただきたい。
たとえば、「北大宮区」と「大宮西区」が混在するのでは、不統一だということ。そして委員会としておすすめ案を市民に提示していこうという主旨の様です。駅名で、「北浦和」「南浦和」などと没個性が連なるという汚名返上しようというアピールはどんどん委員会から提案すれば良いことでしょう。選挙戦の様に、自分の主張を住民に訴えてもいいと思います。
でも、最後は「住民投票一本勝負」であるべきでしょう。住民投票をしておいて、自分たちが思った案にするなんていうのは住民もバカにされたものです。もし、自分たちが良いと思う案があるのなら、それを住民に説得する位の責任が委員さん達には必要です。単に意見を言うだけなら、決定権を委員さん達に渡したくはありません。
委員さん達が一位をことごとく退け、「北区」「西区」「南区」「中央区」なんていう、超没個性な区名が誕生してしまいました。これらの区名が一位を退けるほど良い案だとは思えないのですが。
特に「大宮区」「浦和区」が残ったのに「与野」が無くなって「中央区」になるなんてちょっと寂しい話です。
くいが残らないように、これから市名を決める自治体は次の流れを採用することを強くおすすめします。
市名決定の流れ
(初出00.06.30)(再編集07.05.07)編集前(log/3022.html)
本当はふさわしい地名が眠っているのかもしれません。
思いこみを見つめ直すことは大切でしょう。「新市名」の決め方については、私自身に変な思いこみがあり、反省しているところです。
例えば「合併に伴って新しい市名を考える」という思いこみ。
「対等」と「吸収」を知らず知らずのうちに意識していたのですが、その境界の明確な基準なんて考えもしませんでした。
改めて考えさせてくれたのは、一冊の書籍「こんな市名はもういらない!」楠原祐介著(東京堂出版)との出会いからです。楠原氏は新市名選定について「中心地名を継承するのが第一原則である」と主張されています。同じ様な規模の合併の場合、どこに市役所を設置するかで騒動になる事例をよく耳にしますが、「自治体の合併の目的はひとえに、複数あった行政・権力機構をひとつに集約するためである。かりに同規模の自治体同士が合併する場合であっても、結果的に中心機能は一ヶ所に集約されるしかない。」とのことです。
その地域には必ず伝統的な地名があるという視点です。この視点から見ると、私が語ってきたことには違和感があります。
浦和市、大宮市、与野市の3市合併の新市名候補には「浦和」、「大宮」そして「与野」が含まれていて当然ということになります。特に「与野」は地理的に中央にあること、「浦和」対「大宮」の泥沼の争いを避けるためにも有力な候補だったと言えるでしょう。最初から除外してはいけません。
静岡市と清水市の場合もプロセスの不透明さがあったとはいえ、「静岡」で妥当だったでしょう。一見「対等」に見えましたが、「対等」の基準があいまいなのに「対等だから違う名前を考えましょう」とは言えません。そもそも私は「県庁の所在地名=県名」が好ましいと考えていますので、なおさら歓迎すべき決定だったはずです。
楠原氏のいう「中心地名を継承する」原則が徹底されれば機械的にすんなりと決まるはずですが、世間ではまだまだそんなコンセンサスは得られていません。新市名の候補が乱立し、それをひとつに絞らなければならない局面は続くでしょう。
有識者による審議会はますます重要な役割を担うことになります。まずどのような地名が市名としてふさわしいのか地域の歴史を調査した結果を市民に伝える役割です。
何しろ「宮原」という地名が明治の合併時に「加茂宮」と「吉野原」の1文字ずつとった造語なんてことは知りませんでした(前述の著書に記載)。普段の生活で地名の起源なんてなかなか考える機会はありません。
予備知識のない状態で新市名を募集するのですから、良く聞き慣れている地名が第1に浮かぶのが普通です。しかし、聞き慣れている地名が的確に地域を言い当ているとは限らないわけです。こんな情報不足のままで公募するは乱暴な話です。審議会は妥当な市名の候補を選定理由と共に公表して欲しいところ。市長選挙や議員選挙と同じくらい積極的に(たとえば、街頭演説するとか)選定理由を訴えても良さそうなものです。
ここまで審議会の役割を果たしたら、後は市民の良識に任せるしかないと私は考えます。投票の結果、口に出すのも恥ずかしい様な地名や旧市名を1文字づつとった造語になるのも仕方ありません。
しかし、私が今まで見てきた投票結果の多くは普段から親しまれている名前や誰にでも思いつきそうな無難なものが上位を占めています。むしろ、審議会が変な理由をつけて、下位にある変な名前を付けて住民の不評を買っている場合が多いと思います。よってきちんと調査した新市名候補を充分に市民に周知した上で、住民投票を実施するのが最善だと考えます。
市名決定の流れ[修正]
ちなみに楠原氏も市名決定の困難さは痛感されていていくつかの解決策を提案されています。そのうち私が気に入ったものを紹介しましょう。
行き詰まったら発想の転換。機械的に決めるのも選択肢のひとつでしょう。
(03.11.03)